浦添は首里へ王都が移されるまで琉球王国初期の王都として栄えました。浦添の古い地名である『うらおそい』は、『浦々を支配』という意味もあります。また、のちの首里城の正殿は”百浦添”と呼ばれてます。

A.牧港ティランガマ(まきみなとてぃらんがま)

牧港川口付近を見下ろす岩山にあります。
ここは伝説によると伊豆大島に流刑になった源為朝が、沖縄に辿り着き、そこで大里按司の妹と結ばれ子供を授かるのですが、源為朝は、一人で本土へ戻ってしまいました。
その息子舜天と母が、父源為朝の帰りを待っていたと伝えられる自然洞窟です。
ちなみに帰りを待ちわびていたことから、ここの地名は牧港(待ちなと→まきみなと)となったと言われてます。

目印として入り口に史跡の表示があります。

階段を下りて中に入ると線香の匂いがします。洞穴内は腰を屈めて入るくらいの高さですが、人は十数人入れそうな広さです。


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