浦添は首里へ王都が移されるまで琉球王国初期の王都として栄えました。浦添の古い地名である『うらおそい』は、『浦々を支配』という意味もあります。また、のちの首里城の正殿は”百浦添”と呼ばれてます。

J.仲間樋川(なかまひーじゃー)

『仲間樋川』は、水道が完備される前まで、仲間樋川は住民の日常の飲料水、洗濯場、産水・正月の若水などを汲む井泉であり、拝所でもあります。
2009年末に復元工事が完了予定です。
ちなみに樋川とは、地表面から水が湧き出ているところに樋で水を引く井戸の事です。

只今復元工事中ということでロープが張られてます。

『仲間樋川』自体には鉄の柵により一歩も近づけませんでした。

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