浦添は首里へ王都が移されるまで琉球王国初期の王都として栄えました。浦添の古い地名である『うらおそい』は、『浦々を支配』という意味もあります。また、のちの首里城の正殿は”百浦添”と呼ばれてます。

E.浦添貝塚(うらそえかいづか)

『浦添貝塚』は、約3000年前の貝塚時代前期(沖縄前IV期)の貝塚です。
発掘調査で九州縄文後期を代表する市来式土器が出土し、九州と沖縄の文化交流を実証した遺跡として知られています。
沖縄の貝塚時代の文化は、縄文系ですが、次第に独自性を強めていきました。
日本本土が、弥生時代、古墳時代に入っても、平安時代頃まで独自の狩猟採集の文化が続きました。

植物が生い茂りこれ以上近寄れませんでした。
『浦添貝塚』は、九州と沖縄との交流を知る上で貴重な遺跡として、県の史跡に指定されています。
1972年に国道330号線が那覇市安里から伊祖まで開通しましたが、丁度この場所を通過することになり浦添貝塚、伊祖の高御墓を保存する為、トンネル工事が行われました。

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